櫻井真紀子

記事一覧(20)

ひとりごと 2019年4月18日(生きる力)

4月16日に、私が学んでいる「大阪松岡会」で、綾部 正哉先生の講演を聴かせていただきました。 戦時中の、満州国で起きた話しで、涙なくしては聞けませんでした。 正哉先生が5歳で、弟さんが3歳の時です。
ロシア軍に追われ、日本に帰る途中に両親とはぐれてしまい、兄弟二人が満州に取
り残されました。
何とか生き延びるために、何でもやって生き延びようとしていたのですが、幼い弟さんは、ついに力尽き、亡くなってしまいます。
知らない日本人のおばさんが、弟さんの毛髪と、爪を切り、お守り袋に入れ「何としても、これを持って日本に帰り、お父さんと、お母さんに絶対に届けなければいけないよ」と、持たせてくれたそうです。 5歳の正哉少年は、その言葉を生きる勇気として、奇跡的にたった一人で日本に帰って来て、両親に再会出来ました。 
私はこれを聴き「誰かの一言、誰かの行い」が、その人の人生を変えることがあるな
と思いました。
独りぼっちの正哉少年は、どんなに心細く、どんなに怖かったことでしょう。 また、
何度も諦めかけたことがあったと思います…。
その絶望的な状況の中、あの、おばさんの「一言」が、彼の命をつないだと思います。 私にそのような大きな力は無いにしても、出会わせていただいた方々と一緒に「幸せの入り口」を、本気で見つけて行きます。 この覚悟も、今回の講演を聴かせていただいたお陰です。 とても貴重な時間でした。それにしても、正哉君が、無事にご両親に会えたことを、あのおばさんにお知らせ
したいのは、私だけでしょうか? 亀ちゃん 

ひとりごと 2019年4月11日(夢は叶う)

 小学3年生の私は学校からの帰り道、友達の「よっちゃん」と、毎日歌いながら帰っていました。
「大きくなったら“歌手”になろうね」と、夢を語りながら帰っていました。 
大きくなるにつれ、「現実は、そんなに甘くはない」と思ようになり、すっかりあきらめていました。 
2017年の9月に、ひょんなことから半年の期間で「本を出版」するということになり、本気で頑張った結果、2018年の3月に「幸せの入り口屋 いらっしゃいませ」の本を出すことが出来ました。 
それで、2018年の9月に「来年は何に挑戦しようかな?」と、考えたら、子どもの時の夢「歌手」の夢が浮かびました。
それで「聞いてくれた人が、ちょっとでも元気になってくれる歌を作りたいな」と思い「神様からもらったパズル」の歌を作り、「CD」にすることが出来ました。 すると今度は、4月19日の「西川悟平」さんとのコラボコンサートの話になり、「そんなスゴイ方と…」 驚いています。 そんなことがあり、「何でも、挑戦してみるもんだなぁ」と思っていたら、「ウォルト・ディズニー」の素敵な言葉に出会いました。 『全ての夢は叶う。 もし、追いかける勇気があるのなら』です。 
「夢を持ち、追いかける勇気」、大切にします。  亀ちゃん 

ひとりごと 2019年4月6日(人持ち人生)

 私達が学んでいる「人持ち人生塾」が、3月31日(日)に、大阪国際交流センターで、
オープン形式でデッカク開催されました。
800名近い人達が集まり、活気溢れる素敵な一日でした。 私と「人持ち人生塾」との出会いは、不思議なご縁から始まりました。 4年前、あるテレビの番組を観ていて、「どうしても、この方にお会いしたい」と想
ったところから、それは始まりました。 その方は「太陽パーツの、城岡社長さん」という方で、テレビの中で城岡社長さんは、
社員の方の大失敗を、叱るのではなく『大失敗賞』として、表彰したというお話しで
した。 私はとても感動しました…。 それで、2015年の5月1日に太陽パーツさんを訪れ、お話しを聞かせていただくことが
出来ました。
忘れられない感動の時間でした。
その時に、城岡社長さんから「良い方を紹介してあげましょう」と、ある方に電話を掛け、アポイントを取ってくださいました。 その方が、今、私が学んでいる「人持ち人生塾」の塾長『横井 悌一郎さん』でした。 
私はその塾に入り、私の人生が大きく、大きく、幸せな『人持ち人生』に変わりまし
た。 その変化の一番は、何と言っても生涯の親友と胸を張って言える友が、驚くほど増えたということです。
それから、塾に入って間もない頃の塾長の言葉が私の指針になっています。 「良い人に会いたければ、先ずあなたが良い人になってください」 良い人には、良い人が集まるということです。 「じゃあ、どうすれば良い人になれるのかな?」と考えました。 『人は、人によってのみ磨かれる』の言葉があるように、良い人に会うことが一番の
近道だと分りました。

月に一度、「人持ち人生塾」に4~50人の人が集まり、学び、磨き、交流を深めてい
ます。 すっっごく楽しく、仲良く、面白く学べる場です。
いつも終わったあとには、全員が元気で笑顔になり、幸せ一杯で帰って行きます。
その体験をしてもらう、今回の「大・人持ち人生塾」でした。 今回、想像通り、多くの素敵な方に出会えました。
今回出会った何人かの方が、毎月の人持ち人生塾に来てくれることになり、亀ちゃん
道場にも、来てくれるそうです。 再会が楽しみです。
再会といえば、素敵な「おでん屋」の女将さんと知り合え、「今度是非、仲間のみんなと行こう」ということになり、とっても楽しみです。 こうして、どんどん広がる「人持ち人生」が、私の幸せで、今の活力です。 あの日テレビを観て、勇気を出して城岡社長さんに会いに行って、本当に良かったで
す。 「風が吹いたら桶屋が儲かる」のように、
「テレビを観て動けば、美味しい“おでん”に辿り着く」のですから。  にこっ! 

ひとりごと 2019年4月4日(白い杖のご縁)

★3月29日今朝、地下鉄の駅に向かい歩いていました。点字ブロックの無い歩道なので、周囲の物や人にぶつからないように、注意しながらです。すると誰かが私に「亀ちゃーん」と、声を掛けてくれました。「???誰だろう…」「みつこですっ」「あぁー、みつこさんっ!」みつこさんは、5か月前に、こことは全く違う場所で介助をしてくださったことがきっかけで、知り合いになれました。その時、とても温かく、優しい方だったので、「また、お会いしたいなぁ」と、私の名刺をお貰ってもらいました。しばらくして、みつこさんからメールが届き、嬉しいご縁が始まりました。その後、「亀ちゃん道場」にも来てくださり、さらにご縁が深まりました。みつこさんのお勤め先が、たまたま私が乗る駅と一緒だったことで、これまでにも3回ほどお会いしたことがあります。その都度、わざわざ引き返して送ってくれたり、ホームに案内してくださったりと、とても親切にしていただいています。みつこさんに会えると、パッと気持ちが明るくなり、嬉しくなります。今朝も、自然に幸せな笑顔になったのが、自分でもよく分かりました。私も、みつこさんのように「私と出会った方が、幸せな笑顔になれる人」に、なります。あっ、それって、まさに「幸せの入り口屋」じゃん…。今朝のことを思い出しながらこれを書き、また笑顔になっている私に気付きました。 にこっ!★4月1日 
またまた「白い杖のご縁」のお話です。 私の著書「幸せの入り口屋 いらっしゃいませ」にも詳しく書いているのですが、2008年8月のある日、大阪の街中で敦子さんに介助をしていただきました。 その時、敦子さんは、宮城県の仙台から1週間だけ大阪に来られていたのでした。 声を掛けてくださり、たまたま敦子さんが乗られる地下鉄が一緒だったので、介助を
していただいたのですが、「大阪は詳しいのですか、もし、違う地下鉄だったら、どうされるおつもりだったのですか」と尋ねたら、「大阪はよく知らないのですが、分からなかったら他の誰かに訊くつもりでした」と教えてくれました。 私の目が見えるとして、仙台の旅行の中で盲人の人を見かけて、果たして声を掛けられるだろうか」と考えたら、敦子さんの優しさに胸が熱くなりました。

素敵なご縁は続くもので、その後も私が「47都道府県・一人旅」で仙台を訪れた時
や、敦子さんが大阪に来られた時などに、何度かお会いしました。

そして今日、久しぶりに大阪に来られたということで、再びお会いすることが出来ました。 懐かしくて、懐かしくて、時間を忘れる感動の時間でした。 3月にリリースした私の歌「神様からもらったパズル」のCDをプレゼントし、とっても喜んでいただきました。
敦子さんも、ご主人さま「齋藤玄昌實(げんしょうじつ)先生」の素敵な作品を、プ
レゼントしてくださり、大感激の私でした。

敦子さんにお会いすると、自然に心がホッコリし、幸せになれます。
11年前の、たった一度の出会いが、こんなに素敵に続いていることに、心から感謝します。
みつこさんといい、敦子さんといい、改めて、不思議な出会い、ご縁を大切に思い、
再会の感動が味わえる、素敵な一週間でした。
やっぱり私の「白い杖」は、幸せを運んでくれる『魔法の白い杖』です。 うふっ!
  亀ちゃん 

ひとりごと 2019年3月21日(花嫁の父)

3月10日は、東京で娘の結婚式がありました。
それとは別で、私が作った歌「神様からもらったパズル」のCD発売を3月17日に予定していました。
その歌の中に、徐々に目が見えなくなる私が「娘の花嫁姿も見てやれない」というフレーズがあります。
それで仲間のみんなが私の知らないところで話し合い、「お嬢さんの結婚式に合せて、発売日を3月10日にしよう」と、決めてくれたそうです。
それからというもの、関係する皆さんが超・過密スケジュールをこなして、何とか式に間に合うようにと、頑張ってくれ、出発の前日に渡してくれました。
皆さんの優しさに胸が熱くなりました。

式の当日、娘の花嫁姿を見てやることは出来ません。
二人の写真撮影の場で、花嫁姿を想像していました。
すると、介助をしてくれていたスタッフの女性が耳元で教えてくれました。
「お嬢さん、とっっても綺麗ですよ」
…、思わず涙が出ました。

披露宴の席で「仲間のみんなが今日に合わせてくれました」と、説明を加え、娘夫婦と先方のご両親に「歌のCD」を、プレゼントしました。
すると「ここで聞きたい」と言うことになり、CDに収録されているピアノ演奏で歌いました。
歌詞の内容は「自分にやって来る事柄は、良いことも、悪いことも、全て神様からの贈り物」という内容なので、娘たち二人のこれからの生活に向けて歌いました。
心を込めて歌いました。

皆さんに祝福してもらい、神様から「幸せのピース」をもらった二人は、とても幸せそうでした。
温もりのある、良い式でした。
神様からいただいた、素敵な結婚式に感謝して…。  花嫁の父 亀ちゃん  

ひとりごと 2019年3月16日(感動を見つけます!)

先日3月14日に、私は62歳の誕生日を迎えました。 
昔、私の目がまだ普通に見えていた時の、年末に近いある日のことでした。 新聞のコラムか何かで、「5年前の自分が何をしていたかを覚えていない人生は、もったいない」という内容の記事を読みました。
それで私は5年前を振り返ってみたのですが、何をしていたか、さっぱり覚えていませんでした。 「覚えていないなら、この5年間、生きていても、いなくても同じことだったか…」と考えました。
ちょうどその後、本屋さんで「10年日記」を、見つけ、10年間、日記を書くことになりました。

今また、62歳を機に、5年後の私が、5年前の自分を振り替えられるように、「感動した事柄や、やった事」などを、ここに残そうと思います。 ちょうど今月から「亀ちゃんの実践話し方教室」を始めます。
受講生の皆さんに、日々の暮らしの中で、話の材料となる「感動を見つけてください」と、お願いをするつもりです。 だから、私も感動を見つけていきます。
それを一週間に一度のペースで、ここに残していくことにします。 それで早速、今朝の駅でのことです。 私は駅の改札を入る時、出来るだけ良い笑顔を作り「おはようございます」と元気に言うようにしています。
すると、今朝の駅員さんが「おはようございます。お一人で大丈夫ですか?お気をつけて、行ってらっしゃいませ」と、言ってくださいました。 何て素敵な朝なんでしょう。 私は、更に笑顔になり「はいっ、行って来ます」と、改札を入りました。 にこっ! 

交野市の中学校で講演会

◇ひとりごと 2018年11月20日(人生を楽しく送ること) 11月12日(月)に、交野市にある中学校で、1年生を対象にした講演をやらせていただきました。 体育館に集まった生徒の皆さんは、とても元気よく私を迎えてくれました。 最初に「私は西亀真と言います。亀さんと呼んでください」と、言った瞬間に、中ごろの男子生徒が「亀さーんっ!」と、声を出してくれ、空気が和みました。 終始、温かい空気に包まれ、とっても話しやすい講演でした。 私の本にも書いた、盲学校で体験した夏休みの話や、人生のパズルの話、日本全国47都道府県とニューヨークの一人旅の話などを聞いてもらいました。 皆さん、とてもよく聞いてくれ、終わった時には想像をはるかに超える大きな拍手をプレゼントしてくれました。 「あぁ、ここでやらせていただき、本当に良かった」と、幸せな気持ちになれました。 帰ってからも「目が見えなくなった私でも、子ども達に何か伝えられることがあるっ
て、嬉しいな」と、幸せな毎日でした。 
数日して、担当の先生から郵便が届きました。
何と、生徒の皆さんからの感想文でした。 読んでもらううちに、涙が溢れて来ました。 「こんなにも私の話をしっかり聞いてくれていたのか。こんなにもこれからの人生に
役立てようとしてくれているのか…」と考えたら、感激で涙がこみ上げて来ました。 余りにも嬉しかったので、ここに感動を皆さんと共有させていただきます。 【西亀さんが人生をパズルにたとえることが本当にいいなと感激しました。
どんなに嫌なことがあってもそれを乗り越えることによって、次のピース(幸せ)が訪
れることを知って本当に良かったと思いました。
私はプリントの右側、裏、そして表の左側が全てうまるくらいたくさんメモしました。
なぜなら、おっしゃっていることが全て素晴らしく、お手本となるような事だったか
らです。 私の人生を送ることに大きくこのお話が大きく携わることと思います。
ですので、人生を楽しく送ることを教えてくださった西亀さんに、たくさん感謝したいと思います。 私も一度ものすごく苦しいことがあったけど、その時はどうしたらいいか分かりませ
んでした。でもこれからは、この言葉を大切にしたいです。】 
他にも、素敵な言葉を沢山、沢山いただきました。 私は今、本当に幸せです。 ある人が私に言ってくれました。 「亀ちゃん、目が見えなくなって、本当に良かったなぁ」と。 目が見えていたら、この中学校に行かせてもらうことはなかっただろうし、この幸せ
を感じることはなかったと思います。 話を聞いてくれた素直で、素敵な中学生の皆さんに感謝します。 そして、こんなに幸せに感じさせてくれている周りのすべての皆さんに感謝します。 ありがとうございます。 このご縁に感謝して…。  亀ちゃん

松山盲学校で講演会

10月22日 気持ちの良い秋晴れの朝です。 私を乗せた新幹線が風を切って、走り出しました。 今日の私の行き先は愛媛県立松山盲学校です。 「ようやく、この日が来たかぁ」と、あの日を思い出します。 あれは私が自信をつけるために「全国47都道府県・一人旅」を始めた名古屋でのことです。 「すみませーん」を言い慣れるために始めた一人旅でしたが、それを知らないで助けてくれる人は、ご自分の用事は置いておいて、わざわざ遠回りをして私を助けてくれます。 私は「ありがとうございます。お急ぎでないですか?すみませんね」とお礼を言いながら心が痛みました。 「自分の‘わがまま’で、こうして人に迷惑を掛けて良いのだろうか…。この先、まだまだ沢山の方に迷惑を掛けてしまう。このまま続けていいんだろうか…。」 でも、その時に考えたのが「今は沢山の方に助けていただき、迷惑を掛けるばかり。だけど、この全国を回った後の私は、絶対勇気と自信を手に入れているはず。その時は社会の皆様に対して、必ず、必ず恩返しをさせていただきますから、どうぞ今は、私の‘わがまま’を許してください…。」と、誓いました。 私の著書「幸せの入り口屋 いらっしゃいませ」の出版記念講演を開く時、「この講演会の収益金を使い、全国の盲学校を周り、私のような中途失明の人や、子供達、そしてお父さんや、お母さんに私の話を聞いていただき、少しでも、ほんの少しでも未来に新しい幸せの入り口を見つけていただきたいな」と、志を立てました。 私の出身の盲学校の校長先生を通じて、全国70数カ所の盲学校の校長先生宛に私のメールを送ってもらいました。 続いて、全国の盲学校の校長先生宛に、私の思いを書いた手紙と私の本を贈らせていただきました。 そんなことがあり、今回の松山盲学校に行かせていただくことになりました。嬉しいです。 「ようやく、この日が来たかぁ」です。 この後、出会わせていただく大切な皆さんに、私の感謝と皆さんのお幸せを祈る気持ちを、お伝えして来ます。 岡山から松山に向かう特急「しおかぜ」が私の「ワクワク」を乗せて、快適に走っています。  松山駅には、校長先生と慶子先生が迎えに来てくださっていました。 大体こんな時は、相手の方が盲人に慣れておられないので、まごまごされるケースが多いのですが、スムーズな介助に、さすがプロと思いました。 「はじめまして」とても感じの良いお二人で、一瞬にして安心出来ました。 盲学校に着き、いよいよ体育館へ。 愛媛県立松山盲学校、創立111年の記念式典の2部の講演でした。 小学生から大人まで、教師の皆さんを含め、総勢80名の方達です。 講演が始まり、先ず自己紹介をしました。 ここは盲学校ですから、盲学校用の自己紹介をしました。 「西亀真と言います。身長は180センチ、体重は73キログラム、ゴミよけの目がねを掛けていて、めっっちゃイケメン(…じっくりためて)と言って欲しいと思っています」と話しました。(笑) 後はいつものように、全国47都道府県と、ニューヨークの一人旅の話などをしました。 皆さん真剣に聞いてくれ、とても話しやすかったです。 終わって大きな拍手をいただきながら「ありがとうございます。私の長年の思いを叶えていただき、ありがとうございました。」と、深々と頭を下げました。 最後に退出の時のお見送りの拍手が、私が体育館を出てからも聞こえていました。 ありがたいなぁと思いながら、「そうか、感謝の気持ちを込めて拍手をしてくれているのもあるだろうけど、もし、私なら目が見えないので、もう体育館を出たのか、まだなのかが分からないから、拍手を止めないかもね」と、ふと、そんなことを思いました。 今回、本当に行かせていただいて良かったです。 皆さんの心に何か一つでも「幸せの入り口」を見つけていただけたなら、こんな嬉しいことはありません。 私と同じように盲人としての道を歩く、彼たちの幸せを心から祈りました。 この機会を作ってくださった校長先生に、心から感謝いたします。 「幸せの入り口屋」亀ちゃん

心眼塾8期の皆さんからの贈り物

◇ひとりごと 2018年7月26日昨夜「心眼塾・8期」の講座 全6回の最終回が終わりました。毎回思うことですが、これまでも第1期から8期までその時、その時で、不思議と「最高に気の合うメンバー」が集まります。今回も、そうでした。誰が一人欠けても、この素敵な「8期の絆」は生まれませんでした。出会ってくださった皆さんに、心から感謝します。昨夜の講座の終わりの終わりに、皆さんが何かゴソゴソ始められ、「亀ちゃんへのプレゼントがあります」と言ってくれました。「さて、何だろう?」と思っていたら、音楽再生機の伴奏に合わせ、皆さんの合唱が始まりました。「キロロ 未来へ 亀ちゃんver」歌詞: 三澤 拓也(タクちゃんほらまぶたを閉じてごらんこれが亀ちゃんの歩んでる道ほら感じて~ごらんそれが亀ちゃんの世界亀ちゃんがくれた~たくさんのやさしさ前を 向いて 歩めと教えてくれたあの頃はまだ未熟者で  理解などできない、そんな私の 手を握り、優しく 教えてくれた~未来は本当は 空白なのだから、不安でうめずに 希望でうめ続けるの、自分のストォーリーだからこそ あきらめられない、不安になると目をつぶり、亀ちゃん 思いだした、やればできると肯定思考で、前向きに 考え 続けた、ほ ら 信じればで~きる~よ、亀ちゃん が教えてくれた事、ほら横をみてごらん、これがあなたの仲間達、ピンチもチャンスに変えれるように、神さまそうきましたかと呟くほらまぶたを閉じ~てごらんできない 事など 何もないほら~感じて ~ごらんそこには~亀ちゃんがいるよほら思いだして~ごらん亀ちゃん の優しい笑顔、ほら~やってみよう亀ちゃんが、教えてくれた事、亀ちゃん本当に、ありがとう ございました。★黙って聞く私の目からは涙がボロボロ…。声を出さないようにするのが、精一杯でした。私は「しまった。 録音させてもらえば良かった」と一瞬思ったのですが、すぐに思い返し、心のDVDに、溢れる感動と、皆さんの笑顔を一緒に録画することにしました。私は目が見えないので、メンバーの皆さんのお顔は、誰一人として知りません。でも、私の心の中には鮮明に感動のシーンが収められました。大切な、大切な、思い出のワンシーンです。8期の皆さんのお幸せを祈りつつ、心から感謝いたします。 ありがとうございました。 亀ちゃん

当たり前じゃない

◇ひとりごと 2018年7月17日(我れ以外、皆、我が師なり) 西日本を襲った今回の大雨は、本当に大きな被害をもたらしました。 テレビから流れて来る悲しいニュースを聞く度に、胸を痛めています。 亡くなられた沢山の方々のご冥福を祈りながら、被害に遭われた方々にお見舞い申し
上げます。 大きな被害をテレビで知った時、尾道に暮らす長兄に電話を掛けました。 「家とかは大丈夫だけど、断水になっており、復旧は16日の月曜日になりそうだ」と、 教えてもらい、心配をしていました。 尾道の友人に聞くと、トイレが大変なこと、「食器が洗えないので、ラップを敷いて
使っている」などの苦労を聞かせてくれました。 
昨日16日に、どうなったか?と電話をしてみたら、「無事に水が出るようになった」
と教えてもらい、喜びあいました。 兄にも、友人にも「大変なご苦労でしたねぇ…」と言うと、どちらも「良い勉強をさ
せてもらった」と返って来ました。 偉いなぁ…と、感心しました。 それで、私も心から普段の「当たり前」を「当たり前じゃぁ、ないよ」と反省し、昨
夜は意識して、お風呂のお湯を少なくして節約しながら入りました。 今朝も顔を洗う時、感謝しながら洗面しました。
トイレも同じです。 お腹を満たしてくれる食べ物にも、これまで以上に感謝しました。 外は猛暑が続いています。
クーラーの涼しい風にも感謝です。 雨と、暑さの自然が、大切なことを教えてくれています。 「人間は偉大だけど、自然の前では、まだまだ小さいですよ。自然から学びなさい」
と。 「当たり前じゃ、ないですよ」を改めて考えさせてもらった今回の出来事でした。 今に感謝します…。 亀ちゃん  

株式会社タニサケ 松岡会長

【当主より】ひとりごと 2018年7月13日(嬉しい便り)昨日、「ゴキブリだんご」で有名な株式会社タニサケの松岡浩会長から連絡をいただきました。松岡会長とのご縁は、前に私が講演をさせていただいた宮崎県の大宮中学校の水元校長先生が、私の本を松岡会長にプレゼントしてくださったことがきっかけで始まりました。読んでくださった松岡会長から「周りの多くの人達に本を贈りたいから、本を送って欲しい」とのご連絡があり、その後も追加で2回のご注文をいただきました。昨日、電話があり「西亀さん、本をプレゼントした方から、嬉しい便りが来たので、FAXを送りますね」の言葉の後にお便りの内容を読んでくださいました。【前略 松岡様】昨日(七月九日)仕事を終えて、帰宅したら、松岡様より贈り物の西亀様の著書が届いてました。玄関で私は、その著書を40ページ一気に読んでしまいました。汚れた作業服、長グツもはいたままで。感動、感激です。こんな心の強い人、いやどんな困難も乗り越えて行く人がおられたとは。まいりました。ワシは、何をしとんじゃい、コラ 。という気持ちが沸いてます。自分で出来る良い事を一つ一つコツコツやるしかないですね。それがいつか大河となって行くんですね。【鳥取県 mさん 66歳】私の本が、松岡会長の真心により、遠い所に届けられ、その場所で私が全く知らない方の何らかのお役に立てたこと…。私は電話でその経緯を会長からお聞きしながら、つい涙声になっていました。考えてみたら、私が本の中に書かせていただいた宮崎県の水元校長先生に、本をプレゼントしたところから始まったのでした。宮崎県から、岐阜県の松岡会長に渡り、次に鳥取県に移り、また岐阜を経由して、大阪の私のところに大きな感動となって帰って来ました。私が47都道府県の一人旅で沢山の方に助けていただき、その感謝の気持ちを本に書いたことで、その感謝の気持ちが助けていただいたあちこちに伝わっているのが、とても嬉しいです。いつか、こんなエピソードが47都道府県の全部に広がったら、どんなに素敵でしょう…。松岡会長のお電話から、こんな素敵な夢を持たせていただくことになり、とても幸せです。 ありがとうございます。 にこっ!